麻雀がつまらない。苦しい。
あれ?なんかおかしいぞ?
わかったことは「結果」に執着し過ぎたことである。
僕が遊んでいる麻雀アプリは「天鳳」。
カンタンにいえば、勝てばポイントがもらえ、負けるとポイントを失う。
一定数のポイントに達すると昇級、昇段する。
僕は常日頃から、クライアントや塾生たちなどには「結果にとらわれるな」「資格や称号などを追い求めるな」「順位やランクにこだわるな」「年商や売上を追うな」と言っている。
が、面白いもので、己のこととなると見えなくなってしまうことがある。猛省。
麻雀アプリでもそう。
日ごろは「技の研鑽」などが目的で楽しんでいるのに、「ポイント」という結果を見せられるうちに、いつのまにかその仕組みに憑りつかれてしまうから恐ろしい。
仏教でいえば「餓鬼道」である。
カンタンにいえば「ポイント欲しい欲しい病」に憑りつかれてしまうのだ。
もうそうなると、とたんに麻雀がつまらないものになる。
普段であれば、負けたとしても「技が磨かれた」とか「学びがあった」とか「楽しかった」のであれば満足していた。
運悪く負けたとしても己のポリシー(打ち方)をつらぬいていればそれで満足できていた。
けど、どのような対局だろうが、とにかくラスをひいて(4位になって)ポイントが失われると、妙に腹立たしくなるのだ。本来はそんなことが目的ではなかったのに。
よく考えると、僕たちが生きている「資本主義社会」というのも、まさにその仕組みで動いているね。
仕事をして「学びがあった」「楽しかった」「お客さんが喜んでくれた」など、本来の目的はそうであるはずなのに、これを「金額換算」することで何かおかしな方向に行ってしまう。
麻雀を通じて、あらためて気をつけなければならないなあと感じた。
結果を追い求めるとろくなことにはならないねえ。くわばらくわばら。